#040 責任

筆者は今シーズンから試合前日の練習を終えた伊佐勉HCに話を伺うことを新たな習慣としている。秋田戦前日の25日、すべてのインタビューを終え、こちらが録音を止めた後に、伊佐HCがもう一度話し始めた。
「明日はスタートから隆一で行くよ。正直あんまりスタートから使いたくないけど、事情が事情だから。明日は頭から隆一で行く」。
開幕から10戦目。ついに岸本隆一がスターティング5に名を連ねた。

伊佐HCは、60試合のレギュラーシーズンとその先の戦いを視野に入れ、選手全員をできるだけコートに立たせ、全員で40分間を戦い切ることに重きを置いている。
このチームは誰かひとりのものではなく、家族全員のものだ。実力がある者から試合に出ていくことが全てではない。先のことを考えた上で、岸本をスタートから使わないことにチームとして大切な意図が込められている。
「できるだけ全員でシェアしながら、全員に自信を付けさせて、チームとしてひとつずつ積み上げていきたい」。
秋田との試合を終えた後、伊佐HCはそのように語った。
チームの成長を一過性のものに終わらせず、先を見据えて育てながら勝利を掴んでいく。ここまで10試合を終えて、8勝2敗と好調を維持しているが、その中にはまだまだ荒削りな部分は多々ある。しかし、その過程の中で多くの若い選手たちが、成功と失敗を積み重ねながら試合を勝ち取ってきた。
ベテランや経験豊富な選手たちが、若手にアドバイスを送り、その若手たちが試合で躍動する姿をベンチで自分のことのように喜ぶ。全体の底上げが進んでいる現在のチームの成長に上杉翔ACも手応えを感じている。
試合後、作業を終えて会場を出ようとしている上杉ACに労いの声を掛けると、「今日も本当にみんな頑張っていた」。と嬉しそうな声が返ってきた。
「実際に試合の中で何か良くないことが起こったとしても悲観的にならずに、ポジティブに成長していく姿が選手同士で見られます。劣勢の時でも僕たちが何も言わなくてもポジティブな声掛けを選手同士で自然と掛け合っている。接戦を勝ち切るためにはそういう要素がとても大切で、矢印が外に向かないこともこのチームの魅力です。
そういう人たちがたくさん集まっていることも特別なことだと感じています。それが今の結果に繋がっているから、より雰囲気も良いですよね。今日の接戦を勝ち取れたことも全員の経験値になっていくと思います。
課題に対して、その経験値を生かして修正していけば、チームバスケットボールがより良いものになっていくと感じています」。
上杉ACが話してくれた内容を含め、現在のチームがより成長していくために最も必要なものは何か。これまで多くの選手やスタッフと対話を続けてきてわかったことがある。それは「経験値」が必要不可欠であるということだ。

そして、今まさにその「経験値」の源泉となっているのが、岸本隆一だ。彼が長年培ってきた財産は、今、チームの全員に湯水のように注ぎ込まれている。
夏の合宿から、「移籍してきて何もわからないので、1番後ろからとにかく一生懸命に頑張りたい」。と精力的に練習に取打ち込み、過酷なトレーニングも平気な顔をしてやってのける。コートの上に立てば、「やっぱりすごい」。と他の選手も釘付けになっていた。
だが、岸本自身は誰もが認める唯一無二のキャリアを持ちながら、それを決して振り翳すことなくコミュニケーションを取りながら、背中でも示し続ける。
その姿を見て、「何かを思うこと、何かを感じること」自体が、確実に若手選手の成長に繋がっている。そして、岸本自身も「移籍」という初めての挑戦を経て、新たな経験値を積み重ねている最中だ。それがまた、チームにポジティブな風を吹かせている。

そして、今日、京都ハンナリーズに加入してから初めてのスターティング5としての出場。岸本は何を考えていたのか。チームに何をもたらすべく、準備を進めたのか。試合後に振り返ってもらった。
「試合に臨む上で、僕としてはトーンセットの部分を大切にしていました。みんなそれぞれ役割がある中で、僕はオフェンスのトーンを整えたかった。いつもと違うマインドセットで良い形で試合には臨めたかなと思います。ここ最近は、怜音(澁田)がスタートで試合に出ていて、彼が出ている時にどうやって上手くチームが回っていたのかっていうところも見返しながら準備をしていました」。

結果的に18PTSを記録し、チームを勝利に導く活躍を見せた。手応えはどうだったのだろうか。
「うーん、手応え半分、反省半分という感じです。しんどい場面で、スコアするタイミングがなかなか見出せない状況が僕自身としてもチームとしても続いていて。そういう難しい場面で、悟(前田)がミドルジャンパーを決めたことも大きかったですし、フリースローもみんな沈められて、その辺りが試合に落ち着きをもたらしたかなと思います。個人としては攻撃の機会を潰してしまった場面も多かったので、最低限の役割を果たせたとは思いますが、反省も多い試合になりました。ただ、勝てたことが1番大きいです」。

自身の活躍よりも、周囲の活躍に目を配る。そこに岸本らしさが詰まっていた。
常に仲間を思いやり、目に止まりにくい活躍を丁寧にすくい上げる。そんなチーム思いの男に、このチームの成長した部分はどこにあるのかを聞いてみた。
「チームとしてはリバウンドの部分と本当の勝負所のディフェンス。『ここは絶対止めないといけないよね』っていう空気感。今日もそれがありましたし、そこはシーズンが始まってからかなり成長していると思います。それと、シンプルにみんな自信を持って戦えている。それが大きいです」。岸本ははっきりと言い切った。
その自信が功を奏しているのか、競り合いになっても粘り強く耐え、苦しい時間帯を乗り切れるようになってきている。
岸本は言う。「チームによっては、勝ちパターンってあると思うんですけど、そういうものは無くて良いと思っています。どんな状況でも最終的に勝つことが大切で、今日はまたいつもと違う勝ち方ができて、またチームとして幅が広がったと言うか、バリエーションが生まれたのではないのかなと思います」。特定の誰かの活躍だけで勝ち切るのではなく、全員の力を集結させて戦うからこそ、試合の展開も様々なのかもしれない。
今シーズンのここまでの10試合を振り返るとそんな風に思った。

岸本隆一が開幕戦にビッグショットを決めて勝利を掴み、翌週にはチャールズ・ジャクソンとマイケル・フィリップスが大暴れ。そして、アウェイゲーム富山戦でデメトレ・リバースが躍動するなど、良い意味で誰が活躍するか予想できない状態が続いている。それは多くの選手にチャンスがあるからこそだ。
選手12名が素敵な個性を持ち寄って、全員で目標達成に向かっていることは誰が見ても明らかだろう。
「日によって変わる良さがあります。マイキーのようにひとつのプレーで会場の空気を変える選手がいて、コートを離れた時でも雰囲気を作ってくれる選手もいて、特定の誰かではなく、本当にみんなが主役になれる。そういった意味では全員がムードメーカーです」。岸本は試合後の会見でそのように話した。

シーズンの10試合を終えて、また次に進んでいく。
幾度となく大舞台で戦い、人一倍の経験値を重ねてきた岸本だからこそ感じていることがある。
「目標を達成していく過程の中で、より厚みのあるチームになっていくために、責任を負える選手を増やしていきたいです。みんなで責任を全うできるチームになれたら良いなと思っています」。
経験値とは、挑戦をした者にしか与えられないものだ。
そして、経験を重ねた者には、自ずと「責任」が生まれる。
その責任を背負い、全うし、周囲から期待され、そしてその期待を超え、チームを勝利に導く。
そんな選手が一人、二人、三人と増えていった先に、まだ見ぬ景色が待っているはずだ。

取材・執筆 / 京都ハンナリーズ広報部 笠川真一朗
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